鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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・画材の変遷について・人物描写へのこだわりされた下絵を通観した時に浮かび上がってきた小磯の挿絵の特質についてまとめたい。1950年代後半頃までの下絵には、インクの吹き付けや水彩を用いた、原画と違わない描き込みが施されているものも多く見られ、原画との密接な関連が見られた。しかし時代が下るにつれて、下絵と原画の画材は一致しなくなっていく。何十年も挿絵を手掛ける中で新聞や雑誌の印刷に慣れて、紙面上での完成形を想像できるようになったことが、下絵を原画そっくりに仕上げなくなった理由として考えられる。また、印刷効果に優れるスクリーントーンを用いるようになったことも影響しているかもしれない。いずれにしても、小磯にとっての下絵は構図や人物の佇まいを検討することが大きな目的の一つであり、特に後年はその傾向が強まっていったことが読み取れる。小磯は挿絵制作の際にもモデルを用いていたという。モデルは職業モデルだけにとどまらず、アトリエへの来訪者、家族、果ては皿小鉢まで、小磯の日常の中のあらゆるヒト・モノが対象になった。(注9)これらの生きたモチーフをその都度描くことが、小磯の挿絵に清新な魅力を与えていたのだろう。4000点を超える挿絵を手掛けた小磯であるが、今回調査を行った中で、構図や人物のポーズが挿絵内で流用・転用されている例は見当たらなかった。「私に「そこに立っておれ」とかいって、本当はお婆さんのはずなのに代りのポーズをさせたりとか、結構、気楽にやっていたように見えましたね。」とは、嘉納邦子氏の言である。(注10)また、今回発見された下絵には、人物のポーズを繰り返し検討する下描きが散見された。中でも特に多かったのが、手や足など体のパーツを個別に描いたものである。小磯はかつて、手や足の描写について「私が平常一番やかましく気をつけているところの手と足」(注11)、「表情をもった手は美しい」(注12)などと述べていたこともある。人物デッサンを行う上で手や足が非常に重要なパーツであることは言うまでもなく、その表情に画家が魅力を見出すことは決して珍しいことではないが、小磯も例に漏れず手や足の描写に注意を払っており、その意識が挿絵制作の際にも十分に発揮されていたことが分かる。なお、人物のポーズを入念に検討している下絵の大半は女性を描いたものであった。ここに小磯の画家としての特質、より単純に表現するならば「こだわり」がよく― 27 ―― 27 ―

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