鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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注⑴ 金井紀子「小磯良平のグラフィックアートとデザインの仕事について」『企画展 小磯良平の挿⑵ 先行研究として主に以下を参照した。表れているように思われる。一方、小磯の挿絵において、手足に比べて描き込みが弱いのが顔である。下絵、原画ともに顔だけでは人物の判別が困難なほどで、その傾向は挿絵業の終盤に向かうにつれてより強まっていく。小磯は顔の描写について、「いゝ顔と云うものは、ほとんど凹凸だけをアクセントしてあるだけのものでも立派に役目をはたすと云う不思議な存在である。描かない程いゝと云う皮肉なものが顔と云う性質にはある。」(注13)と述べていたこともある。その美意識が挿絵においても発揮されていたようだ。また、1960年代の終わり頃から小磯の人物画はモデルの個性を写したものではなく、頭の中に存在する理想の女性を描出するものになっていく(注14)が、後年の挿絵における人物の顔の無個性化はその変化とも無関係ではなさそうである。おわりに今回、小磯の小説挿絵の下絵が新たに200点以上も見つかり、その制作プロセスや画材について論じることができたのは有意義なことであった。これらの挿絵下絵については、今後小樽芸術村での公開を順次行う予定である。また452点の素描の中には、小説挿絵の下絵の他にも、ドミニク・アングルの《アウグスツス、オクタヴィア、リヴィアを前に『アエネイス』を読むヴェルギリウス》(注15)の模写とみられる素描2点や、雑誌『アトリエ』(注16)のために制作された素描10点などが含まれていた。しかし、残りの200点以上については未だ詳細不明のままである。その中には、普段の小磯の写実的な作風とは異なる風刺画のような素描や、小磯の趣味であったゴルフや鉄道模型が題材とみられる素描など、画家としての引き出しの多さを示す作品も数多く見受けられる。これらの詳細を解き明かすことは今後の課題としたい。なお、今回の調査の過程で、カタログレゾネや作品集に情報が載っていない挿絵(注17)の存在を複数確認した。これらの細々とした仕事を含めると、小磯が手掛けた挿絵は現在把握されている以上に膨大であり、その研究は今後も広がりを見せていくであろう。絵とデザイン展』神戸市立小磯記念美術館、1997年― 28 ―― 28 ―

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