の主題を詳細に検討し、スジョヨノがインドネシア性というものを同時代の身の回りの現実に見出しそれを表現しようとしていたことを明らかにした(注3)。2022年度に採択された研究課題「インドネシア近代美術形成期に関する研究─プルサギを中心に」の主な目的の一つは、これまでのスジョヨノ研究の成果を踏まえた上で、プルサギの他のメンバーの作品研究を通して、当時のインドネシア人画家たちが表現しようとした新しいインドネシアの様式、インドネシア表象のあり様を実証的に明らかにすることであった。以下では、本研究で行った作品調査と資料調査の成果を踏まえ、調査対象の一つであった、スジョヨノとともにプルサギを設立しそのリーダーとしてインドネシア人画家を牽引したアグス・ジャヤの油彩作品(タイトル不詳)〔図1〕を一つのきっかけとし、彼のマハーバーラタを主題とした作品について検討する。調査報告:作品概要、画面構成とモティーフの検討本作は画布に油彩で描かれ、大きさは縦90cm、横114cm。アグス・ジャヤの油彩作品としては標準的な大きさである。2013年にインドネシア国立美術館で開催された展覧会「視覚化された魂と国民性─S. スジョヨノ、プルサギ、そして私たち」(Pameran Seni Rupa Jiwa Ketok dan Kebangsaan-S. Sudjojono, Persagi dan Kita)に出品された際には、その制作年は1942年とされたが、制作当時の展覧会出品歴など、詳しいことはあまり分かっていない。本作は現在、インドネシアの現代美術家であるナシルン(Nasirun, 1965-)の個人コレクションとして所蔵されている。ナシルンは本作を、リアン・サハル(Lian Sahar, 1932-?)という画家から手に入れたと述べている。ナシルンによれば、1960年代に本作がリアンの手に渡ったという。本作は、タイトルも明らかになっていない。画面中央上部の辺りは、画布が少し浮き上がってきている。〔図2〕のように、本作の画布は、比較的新しい画布の上に重ねられて額に収められている。画面には、2頭の馬が引く馬車に乗る2人の人物が描かれ、馬車は向かって左の方向へと進路を取っている。手前の馬は白く、地面を蹴る瞬間、力を入れて頭を下方に持っていく様子が描かれ、奥の馬は栗毛色で、2本の前足を高く上げている。2頭の馬が激しく馬車を引く様子が、対照的な動きで表現されている。馬車には2人の人物が乗っており、手前に描かれた人物は、馬の手綱を握っているように見える。奥の人物は肌が白く、上方から弓矢を引いている。2人の人物の形態は、インドネシアの伝統的芸術であるワヤン・クリの人形から着― 460 ―― 460 ―
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