鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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物や凹凸のある建造物と思しき描写がみられるが、何を描いているのか判然としない。透視図法の理解が乏しく、対象の陰影を表すハッチングといった洋風表現への意識も希薄である。異国人物図に注目すると、三角形の帽子を被り、外套をまとった人物が描かれた「藍絵異国風景図皿」、「藍絵異国風景図脚付鉢」「藍絵騎馬人物に異国風景図皿」〔No.34、35、36〕などが確認されている。いずれも、人物の帽子や衣服には線を連ねているが、対象の凹凸を表そうとしているわけではなく、装飾のような効果となっている。後者は洋装の人物の後ろに楼閣のような建物が描かれており、不思議な異国風景図が構成されているといえよう。京阿蘭陀の作品にみられる異国風景図には、三角屋根やドーム状の建物、アーチ状の橋などの共通する図様があること、透視図法や陰影方法、とりわけ銅版画にみられるハッチング技法を採り入れようとする姿勢が顕著であることが特徴として挙げられる。一方で、それらの技法や表現の理解という点では差異がみられるといってよい。理解が顕著な「藍絵花卉唐草に異国風景図刀掛」、「阿蘭陀写西洋風景図硯蓋」などは典拠となる銅版画などの図様を参考に絵付が施された可能性も示唆される。一方で、極端な写し崩れや透視図法や陰影表現への理解が乏しい作例は、孫引きのようなかたちで、段々と表現が崩れていったと考えてよいであろう。製作地や原料などの考察ができていないため仮説の域を出ないが、前者の方が後者の作品群よりも早い時期に製作されたと推測しておきたい。3.中国趣味的図様京阿蘭陀の意匠には、鳳凰、龍、麒麟などの中国趣味的図様が採られる作品群がある。先述の花卉唐草文に鳳凰、麒麟の図様を配したもの〔No.3、31〕、器体に複数の円形の窓枠を配し、その中に麒麟、象、霊芝などの図様を配するもの〔No.37、38〕などがみられる。なお、版本挿絵の転用が考えられる「藍絵花卉唐草獅子文に異国風景図釣瓶」〔No.39、図11〕は、4面に円形の窓枠を設けて異国風景図を配し、器体の上部に瑞雲に獅子文を帯状に配している。この獅子文は、『絵本玉藻話』巻三「斑足王看華夫人疾」に描かれた壁面の意匠と類似している〔図12〕。本書は、九尾の妖狐が殷の妲己、天竺の華夫人、周の褒姒、日本の玉藻前に変じる妖異譚で、天竺を舞台とする巻三には西洋建築物や西洋人物を意識した異国趣味に富む挿絵が描かれている。(注9)。当時の人々にとって異国趣味の情報を得る上で重宝されていたことを示す点でも興味深い。一方で、中国趣味的な意匠が顕著な「藍絵山水図火入れ」〔No.40〕― 475 ―― 475 ―

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