㊸ 古代・中世の神仙像と山岳信仰 役行者像を中心に研 究 者:奈良国立博物館 アソシエイトフェロー 松 井 美 樹はじめに山岳修行の祖とされる役行者は、『続日本紀』で文献上初めて登場し、平安時代には『日本霊異記』『三宝絵詞』『本朝神仙伝』等にその行状が表された。自在に空を飛び、験術で鬼神や一言主神に干渉するなど、説話の発展に伴って役行者は仙人としてのイメージを確固たるものにした。続く平安時代後期から鎌倉時代には、奈良・當麻寺の寺地が役行者の故地であったとする説や、金峯山の蔵王権現は役行者によって念じ出されたとする説のように、古くから信仰を集めた當麻曼荼羅や蔵王権現などの霊験の源に据えられる形で各霊山の縁起に組み込まれた。現存する役行者像の作例は、こうした鎌倉時代以降に制作されたものである。この時期は、山岳修行を活動の主体とする修験道の組織が形成される時期でもある。役行者像を分析することで、当時山岳修行者がどのような人物を理想の修行者とし、自らをその後継と位置づけたのかを明らかにする手がかりが得られるだろう。これまで、役行者の図像の蓑や痩身の老躯などの特徴は、 東大寺二月堂光背の神仙像や法華経絵に描かれる阿私仙などの仙人像に通ずることが指摘されており(注1)、平安時代の仙人イメージが土台となっていることは確かである。平安時代の仙人イメージとしては、『法華経』提婆達多品で釈迦の前身である王が採薪給水の奉仕をして法を教わった阿私仙や、『華厳経』入法界品で善財童子が教えを請う善知識に含まれる仙人などが挙げられ、修行者と深い関わりを持つ者として捉えられている。役行者像をこうした仏教修行者と関わる仙人と位置づけることで、新たな視点を獲得できると期待する。役行者像の分析にあたっては、『続日本紀』『日本霊異記』などの文献と現存作例の成立年代に差があり、役行者像の図像形成の時代がどこまで遡るか明確でない点、また古い文献では葛または藤皮を着るという程度しか記述されず、頭巾・蓑・袈裟・持物(錫杖や独鈷杵・念珠・巻子)といった現存作例に固定化してみられる諸要素がいかにして獲得されたか不明である点が課題となる。そこで本研究では、まず持物に注目して役行者像の図像を分類して図像の流布状況を整理し、現存する役行者像の中でも流布の中心となった重要作例を選定することを試みた。役行者像の図像分類については、大阪市立美術館『役行者と修験道の世界』(1999年)が注目すべき先行研究として挙げられる。この成果を受けつつ、加えてこれ以降に行われた吉野山内寺院の文― 481 ―― 481 ―
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