鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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2-1.トラヤヌス記念柱浮彫り2.三作例に見られる軍艦図像表現考察対象とする三作例にはローマ海軍の活動の詳細が表される。先行研究では包括的な検討がなされていない、これら三作例における軍艦の役割、軍艦表現の特徴について、調査に基づき簡潔にまとめたい。まず、トラヤヌス記念柱浮彫りについて見てみたい(注8)。113年に建設されたトラヤヌス記念柱は、台座、頂上の彫像、そして浮彫りが施されている円柱部分の主に三つから構成される。台座の上に設置された円柱の浮彫りには、トラヤヌスにより行われた二度のダキア戦争が螺旋状に全長約200メートルにわたり表される。円柱内部の構造も比較的良好に保存されており、台座正面にある扉を入り頂上まで続く螺旋階段が現存する。頂上には元来、トラヤヌスの巨像が設置されていた。皇帝トラヤヌスは98年から117年まで在位し、ダキア(現在のルーマニア)からメソポタミアにまで及ぶ広大な地域を支配し、古代ローマ帝国史上最大の版図を達成した皇帝として知られる。トラヤヌスのフォルム(トラヤヌスの広場)はトラヤヌスによりローマ市に建設されたものの中でも最大規模のものであるが、広場の中央にはトラヤヌス帝の騎馬像が設置され、周囲には巨大なバシリカ建築、神君トラヤヌスの神殿、ギリシア図書館、ラテン図書館などの壮麗な建築群が建てられた。トラヤヌス記念柱はこのフォルムの北側に113年に建設され、ほとんど損傷なく現在まで伝わる。記念柱浮彫りには全部で32隻の軍艦表現が見られる。32隻の船を分類すると、3つの役割を担い表現されていることが分かった。一つ目は穀物などの物資の輸送であり、7隻がそのような目的で使用されている。例えば、〔図1〕(場面25)の前景の河岸に停泊する船の上では、8人の兵士たちが俵のようなものを運んでいる(注9)。二つ目は人員の輸送であり、13隻がそのように表現される。〔図2〕(場面26)の手前の船の左側で舵を握るトラヤヌスの右隣には、一人の従者が表され、船中央部から後方にかけて8人の人物が座して船を漕ぎ表される(注10)。三つ目は河を渡る際に橋脚に代わる浮船として用いられる場合であり、そのような例は12隻が確認される。〔図3〕(場面35-36)には胴鎧とマントを身に着けた高位の人物が先頭に立ち、軍旗を持つ兵士、楯と兜を持つ兵士を従え、4隻の浮船の上に細長い構造物を設置して作られた橋の上を進軍し、対岸へと上陸している(注11)。軍艦の表現は二つのタイプに分類される。一つ目は、二段櫂船あるいは三段櫂船として表される大型の軍艦であり、〔図2〕が一例として挙げられる。もう一つは簡素― 494 ―― 494 ―

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