鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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③ 須田国太郎の絵画表現に対する写真の役割についての研究研 究 者:元上原美術館 学芸員  齊 藤 陽 介はじめに本稿では須田国太郎の絵画における写真の役割について考察する。須田は1891年に京都に生まれた洋画家である。はじめ京都帝国大学にて美学美術史を学び、1919年にヨーロッパへと渡った。スペインを中心に各地で西洋絵画の模写を行い、油彩技法の研究に取り組んでいる。近年の調査で須田が2台のカメラを持参して留学したことが明らかになった(注1)。さらに須田が撮影した写真の展示や研究も進み、その全容は徐々に明らかになりつつある(注2)。須田の写真について概略を報告した湯浅氏によると(注3)、撮影されたモティーフは美術品や風景、風俗などヨーロッパ文化全体を捉えようとするものである。こうした多様な写真からは、研究資料を収集する研究者としてだけでなく、アマチュア写真家としての顔もうかがえる。また、帰国後も時折カメラを携行して写生に出かけたようで、金剛山などを撮影したことが判明している(注4)。以下では、須田と写真の関わりについて次の3点から考察を進めていく。1.写真に対する見解2.写真と絵画の違いについて3.写真利用の具体例1.写真に対する見解須田の写真に対する見解を残された文章から見ていく。今回取り上げるのはA.「新たに見出されたる美の諸相(講演)」(1930年)と、B.「天然色映画について─「赤い靴」「ヘンリー5世」など─」(1950年)である。Aでは、新しい材料がもたらす質や色彩感の変化、写真にみられる構図的変化などが取り上げられている(注5)。特に写真については詳しく論じられており、その特色として主に下記3つを取り上げている。1.拡大性、2.部分の尊重、3.レンズ的視覚(急激な角度使用の視野)― 579 ―― 579 ―

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