鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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1931年]をみていく。である。本作にはほぼ同じアングルで撮影された須田の写真が残されている(注18)。デッサンの制作時期であるが、描線がやわらかく濃い色味をもつ点から、能デッサンなどで用いられた6B鉛筆などと類似している。加えて滞欧期デッサンのやや薄く、かたさのある線描とは線質が異なっている点からも、本作は現地での写生ではなく、帰国後に写真をもとに制作されたものと推測できるだろう。撮影された写真をみると、彫刻には左手(おそらく南西方向)からの光があたり、画面右側に影を落としている。そして主役である人物の背後にはまだ明るい冬空が写されている。一方デッサンは、基壇部分はほぼ写真通りだが、背景は黒く塗りつぶされジョバンニが白く浮き上がるように描かれている。塗りつぶした背景にモティーフを紙の白さを活かして白抜きで浮かび上がらせる手法は、しばしば須田が墨絵で用いる方法である(SG807など)。あくまで推測の域を出ないが、デッサンという領域で鉛筆という西洋の画材を使いながら、東洋の画法との融合を試みていた可能性はないだろうか。制作の動機や背景は不明だが、須田が写真を何らかの理由で「勉強材料」として描いていた姿が想起される。最後に、須田が帰国後に写真から制作した作品《グレコ・イベリヤの首》[SG45、本作のもとになる写真は2種類確認されている(注19)。このうち『須田国太郎の芸術─三つのまなざし』展で展示された写真をみると、ガラスケースには4段ほど棚に彫刻が並べられている。写真の端で見切れている彫刻も多いが、男性の頭部、動物(犬)の頭部、女性像などを確認できる。彫刻のうち4点は、現在もマドリードにある国立考古学博物館所蔵であることが確認できる(注20)。ガラスケースには窓から入る光や、室内の様子と思しき映り込みがあり、ケースの骨組みや彫刻が作る影も入り乱れている。構図をみると、下から2段目と3段目のガラス棚は、画面外の消失点にむかって急速に収斂していくようになっている。さらに下から2段目左端にある女性像に顕著だが、写真の左側にうつる彫刻は、レンズ周辺部分の歪みによって引き伸ばされたような状態で写されている。須田が本作を制作した動機は、写真が記録した反射する光と影の作用に興味を覚えただけではないだろう。ガラス棚や棚の骨組みが見せる機械的な直線や、レンズが生み出す急角度の視野など、「新たに見出されたる美の諸相」で示したような新しい美を、この写真から感じ取ったのではないだろうか。こうした点を踏まえて本作をみてみよう。例えば、揺動する反射光に対して、ガラ― 583 ―― 583 ―

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