鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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① カルロ・クリヴェッリ作《無原罪の宿り》─マリア像の形態についての一考察─研 究 者:立教大学 兼任講師  福 田 淑 子はじめにイタリアマルケ州ペルゴラのサン・フランチェスコ聖堂内の礼拝堂装飾として制作されたカルロ・クリヴェッリ作《無原罪の宿り》(1492年、ナショナル・ギャラリー、ロンドン)(以下、本作品)〔図1〕に関する研究の一部として、聖母マリア像の形態をめぐる問題を取り上げる(注1)。本作品のマリアは聖母子像の形式を採らない。マリアは祈るように胸の前で両手の指先を軽く合わせ、正面を向いた単独の立像である。これは同時期のマルケや隣接するウンブリアで制作された、「無原罪の宿り」を直接主題とする図像(以下、「無原罪の宿り」図像)に共通する形態的特徴である(注2)。マリアの頭部はごく僅かであるが右に傾けられ、右足を前方に踏み出している。弓形の眉、上に向けた視線、細い鼻梁に小さな口、端正に描かれた面長の顔に表情はなく、母性は感じられない。全体的に聖画像の静かな雰囲気を漂わせながらも若干動きが感じられるのは、傾げられた頭部と右足のためだろう。マリアが単独で、しかも立像で描かれる場合、伝統的に「黙示録」12章の女と関連づけられ、「無原罪の宿り」と結びつけられてきた。本作品についても、ライトボーンやヴァラネッリが同様の指摘をしているが(注3)、一方で、トリエント公会議以前のマリア像は「黙示録」に由来するものではないとするバトラーの主張がある(注4)。筆者はバトラーの立場をとりたい。本作品含め「無原罪の宿り」図像には神学的解釈や社会的背景に繋がり得る要素が認められ、中でも、「無原罪の宿り」を強力に擁護したフランチェスコ会出身の教皇シクストゥス4世(位1471-84年)との関係は見過ごし得ないからである。本作品と同様の表現は、同時期の異なる主題にも採用されているが、その一つがシスティーナ礼拝堂旧祭壇画《聖母被昇天》(1483年)〔図2〕であり、同礼拝堂はシクストゥス4世により献堂されたものである。筆者は、シクストゥス4世が「無原罪の宿り」図像のイメージ確立に大きく関わっているとの前提のもとに研究を進めているが、本稿では、その根拠として具体的な事象が残されるロンバルディアに着目する。― 588 ―― 588 ―4.2020年(2019年度助成)

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