(プラド美術館、1551-54年、完成は1564年)を取り上げ、その複雑な制作経緯を明らかにするとともに、作者が同作品を一種の視覚的な「パラゴーネ」(絵画と彫刻の優劣比較)に仕立てた可能性を検討したものである。より具体的には、先行研究ですでにパラゴーネとの関連性が指摘されている全方向からの鑑賞に耐える構図に加え、ほぼ全裸で表されたカール5世像に着脱可能な鎧をまとわせるという絵画では実現不可能な仕掛けもまた、彫刻家レオーネが彫刻の優位性を主張するために導入したものではないか、との仮説を提示した。・「スペイン彩色木彫と新古典主義の美学に関する考察」(『上智大学外国語学部紀要』58号、2023年、75-96頁)レオーネ自身は常にイタリアで活動した彫刻家であったが、長く居を構えたミラノで築いた社会的地位と名声、そして美術家所有のものとしては破格の美術品コレクションは、1556年から半世紀にわたってスペイン宮廷彫刻家として活躍した息子ポンペオを通して当時のスペイン宮廷周辺の美術家たちに少なからぬ刺激と影響を及ぼしたと考えられる。それゆえレオーニ父子に関する記述は本書II章の各節において不可欠な要素で、特に第1節の「美術家の社会的地位」および第3節「スペインにおける「パラゴーネ論争の展開」」に本論文の内容を反映させる予定である。また、黄金世紀スペインの数少ないブロンズ彫刻の作例である《カール5世と狂気》そのものについては、III章第4節の「スペインの無彩色彫刻」でも言及するつもりである。古来、彫刻は洋の東西や素材に関わらず着彩されることが一般的であった。しかしルネサンス以降の西欧において無彩色の大理石やブロンズの彫刻が主流となるにしたがって、彩色された木彫は急速に衰退していった。そうした中でも、スペインでは近代に至るまで彩色木彫が彫刻の主流であり続けたが、このジャンルは西欧の新たな審美的価値観にそぐわないものとして周縁化されてしまうばかりか、18世紀後半の新古典主義の到来後は、スペイン国内でスペイン人によってすら辛辣に批判されることになる。上記論文は、この新古典主義の時代にスペインで書かれた同国人および外国人の理論的著作に見出される彩色木彫関連の言説を分析し、スペイン彩色木彫の評価史研究の一端として提示することを企図したものである。本論文の内容は、III章第1節の「彩色彫刻の伝統と系譜」と同第2節の「スペインにおける彩色木彫隆盛の背景」の一部として組み込む予定である。― 607 ―― 607 ―
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