宣教するパウロとそれを耳にする市民たちで、つまり画中には古代の異教とキリスト教が併存している。クレンツェは単に古代建築の復元を試みたのでもなければ、古代ギリシャのイメージだけを描こうとしたのでもなく、古典古代とキリスト教の同居する時代を理念的に表現したのだった。この古代描写は、シンケルが白大理石の神殿が建造される過程を描いた油彩画《ギリシャ繁栄の眺望》(1825)のギリシャとは大きく異なる。約20年の制作年の隔たりと、その間に起こったギリシャ独立戦争、それに伴いシンケルとクレンツェが関わったギリシャ新国王の宮廷構想に伴う活動など、両者の古代観の差異がいかにして生じたかについては複数の根拠を挙げられるが、今後も両建築家の絵画作品については継続して検討する必要があると再認識した。ミュンヘン外での調査研究活動当初ベルリンで閲覧予定であった資料はミュンヘンで十分に得られたため、予定を変更しまずはハンブルクにて、クンストハレ(Hamburger Kunsthalle)およびハンブルク工芸博物館(Museum für Kunst und Gewerbe Hamburg)を中心に訪問した[期間: 2024年3月12日(火)~14日(木)]。クンストハレは19世紀のロマン主義画家カスパー・ダーヴィド・フリードリヒ(Caspar David Friedrich, 1774-1840)の生誕250年を記念した大規模な回顧展"Caspar David Friedrich: Kunst für eine neue Zeit"の会期中であった。フリードリヒの絵画はシンケルの画業に大きな影響を与えたことがかねてより指摘されている。しかしながら、実際に素描なども含めたフリードリヒの制作を間近にすると、フリードリヒの絵画作品は細部のマティエールを意図的かつ効果的に使い分けていることが看取できた。それにより、理念図としての性格が強く、マティエールよりはむしろ色彩による明暗表現にこだわったシンケルの油彩作品との相違点もうかがえる。シンケルは建造物に装飾や彩色を用いるだけでなく自身でも多くの絵画作品を制作したが、この絵画制作を検討する上でフリードリヒの作品群を参照できたことは今後の研究に大きく資するだろう。なお、この展覧会に伴って最新の研究成果を反映した大部の展覧会図録が刊行されたほか、ハンブルクに次いでベルリンおよびドレスデンでも順にテーマを変えて大規模なフリードリヒ展の開催が予定されており、今後のフリードリヒ研究におけるさらなる進展が期待される。また、ハンブルク工芸博物館は、ベルリンの工芸博物館の開館に大きく影響したことで知られるが、この建築自体は先述したシンケル門下の建築家シュテューラーの影響を受けている。現在博物館の大部分は現代風に改装されているが、当時の建築装飾の一部で、彩色された古代風の内装を用いた箇所を確認することができた。― 651 ―― 651 ―
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