研究活動状況:報告者の研究発表は時代の転換期ともいえる15世紀末から16世紀初頭に制作されたアンヌ・ド・ブルターニュ(1477-1514)の時祷書〔図1~3〕を対象としたものだったが、当該期のフランスはイタリアからもたらされた古代ローマの知識や文化、さらに写本画の場合は手描きと木版の文化をめぐって、様々な次元における「揺らぎ」が顕著な時代として知られる。報告者は、かかる時代の図像・装飾プログラムへの最適なアプローチを長く模索してきたが、今回の発表原稿を準備する過程で、当時の古代ローマ文化のありようと、それを取捨選択する土壌がフランスにおいていかに生成されていたのかを把握するための知識不足を痛感し、文献調査に加えてイタリアルネサンス期の写本を扱った展覧会(Lʼinvention de la Renaissance : lʼhumaniste, le prince et lʼartiste, BnF)や、初期キリスト教時代の墳墓遺跡(オータン)から近年発掘された出土品に関する展覧会(Dʼun monde à lʼautre : ■■■■■■■■■■■■ de lʼAntiquité au Moyen Âge, Musée dʼArchéologie nationale de Saint-Germain-en-Laye)を訪問し、異文化受容の問題を長いスパンで考察することに努めた。また、20世紀に至ってもなお宗教絵画を描き続け、後進の育成もしていたモーリス・ドニの展覧会(Maurice Denis : les chemins de la Nature, Musée Maurice Denis, St-Germain-en-Laye)を観覧し、宗教図像と世俗図像の混淆の在り方をさらに大きな時空から捉えるための視座を学んだ。アンヌ・ド・ブルターニュのために制作された時祷書における弔いと子宝祈願の表象はまた、彼女を取り巻く人々の祈念表象や他の時代・地域に制作された時祷書との比較考察によって漸く明らかにし得るものでもある。そのため、彼女の夫フランス王シャルル8世(在位1483-1498)とルイ12世(在位1498-1515)が所持した写本の調査を進め、世継ぎ誕生祈念に関連する様々な表象が「産む性」と「産ませる性」の違いだけではなく、フランス王国とブルターニュ公国の政治的関係の変化を示すものでもあることを確認した。かかる調査は同じ女性ではあっても、それぞれを取り巻く状況や立場の差異によって祈願の内容と、その表象もまた異なることを明らかにするものでもあり、その成果は「制作した者」だけではなく「制作させた者」から捉えることによって未解明のままにあった図像の解釈や制作年代の特定に極めて有効であることを改めて認識するに至っている。中世末期の女性に関する研究は近年実に多くの成果に結実していて、今回もフランス王シャルル7世の治世期の芸術(Les arts en France sous Charles VII : 1422-1461, Musée de Cluny)や、15~16世紀のフランスとヨーロッパ北部の社会における― 673 ―― 673 ―
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