女性の地位・役割・イメージ(Le sceptre& la quenouille : être femme entre Moyen Âge et Renaissance, Musée des Beaux-arts de Tours)をそれぞれテーマに据えた展覧会にて、報告者が未だ実見しないままに考察を重ねていた作品や、現時点では考察対象に含めていない地域で制作された文物や市井の女性の表象をまとめて見ることが出来、新たな知見を得ることとなった。ただ、双方ともに諸分野の専門家が参画した展覧会でありながらも、造形作品やイメージそれ自体を考察の起点に据えるはずの美術史家が既に公表されている成果を踏まえないまま形ばかりの様式論、もしくは根拠を欠いた持論を示すに留まるものが多かったことは非常に残念であり、史資料の電子化によって各研究者が拠り所としている文化や分野に囚われず、作品を論じる環境が整いつつある現在において、それぞれの所属機関や居住国といったあらゆる枠組みを超えた取り組みが急務であることを痛感することにもなった(注2)。いっぽう、報告者は2021~23年度にかけて実施した科研事業「15世紀ブルターニュ公家をめぐる子孫繁栄祈願の表象」(課題番号21K00103)の一環として2023年7月に参加した国際中世学会(リーズ大学)にて、用途不明の性的なモチーフのバッジに関する研究報告を拝聴する機会があり、それが子宝祈願の一環をなしていることを確信したため、同様のバッジを所蔵しているクリュニー美術館やカルナヴァレ博物館での調査を望んでいた。ただ、前者に関してはDenis Brunaによって当館所蔵の694点の巡礼記念バッジを網羅したカタログが既に公刊されていたうえ(■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■, Paris : Réunion des musées nationaux, 1996)、性器を模った数点は常設展で見ることが出来、後者に関してもセーヌ川で発見された先史時代から現代までの様々なモノに関する展覧会(Dans la Seine : objets trouvés, de la Préhistoire à nos jours, Crypte archéologique de lʼîle de la Cité)で展示されていたため、今回は図書館で参照した関連文献と併せて今後の研究の方向性を探るに留めた。既に把握していた性行為や男性の性器を模ったバッジに加えて、女性の性器をモチーフにしたものの存在を知ることで、いずれも子授け祈願に連なるものではありながらも、厳密には子孫繁栄と不妊に関わる病の平癒に由来する差異が新たな課題として浮上してきたため、今後は豊満な女性の肉体を模ったものと併せて、それぞれの意味・機能・表象の関係を長いスパンで体系的に考察する必要があろう。そして当然のことながら、それは身体を伴う「動態」としての祈念行為と併せて考えることを求めるものでもある。報告者は数年来、日本内外の「祈りの場」に可能な限り足を運ぶことに努めてきたが、今回も上記の研究の合間を縫って、Saint-Eustache教会(パリ)、Saint-Jean Baptiste教会、Saint-Géry教会、アラス大聖堂― 674 ―― 674 ―
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