期 間:2023年10月19日~10月27日報 告 者: 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任研究員 東京大学 名誉教授 小佐野 重 利このたびの現地調査の主な目的は、2026年刊行予定の既刊論稿100報余のうちから精選した美術史論文集『痕跡、発見、復元(仮)』2分冊の第1巻第1章および第2章に予定のロンバルディアおよびヴェローナ周辺の聖堂壁画に関する論稿(新規執筆の章を含む)の改稿および新規執筆のための調査が中心である。10月19日昼にミラノに到着、午後にホテルからタクシーで30分ほどの郊外にある12世紀にクレルヴォーの聖ベルナルドゥスが子修道院として設立したキアラヴァッレ(仏名クレルヴォー)修道院を訪れた。目当ては、門の左手に隣接する聖ベルナルド祈禱所の漆喰壁の下から1988年に発見された壁画断片《ピラトの前に捕縛されて引き立てられたキリスト》の実見調査である。壁画断片発見後、保存のための応急処置の時点でレオナルドのグロテスク素描等の影響が強く残る同場面について、特に制作者の割り出しをめぐる白熱した議論が展開された。報告者は提唱された諸説を踏まえて、16世紀初頭からレオナルド風の聖母子やグロテスクな容貌表現が顕著になるクエンティン・マサイスのイタリア滞在説を支持して、私論を展開した(注1)。その後、壁画の丹念な修復作業が行われ、2007~08年に終了し、修復家パオラ・ヴィッラ(Paola Villa)による修復報告および写真家A. Favaraによる写真も出ている(注2)。報告者の最大の関心は、修復から15年が過ぎての壁画の保存状態と、拙論で初めて指摘し、いまだにどの研究者も言及していない、「キリストの背後からすり寄るように近づく人物が彼に触れんばかりに突き出した右手の爪である。特に人差し指に顕著だが、筆者には爪が人間の顔を表しているように見えて仕方がない(拙稿から引用)」ことを実際に確認することであった。同祈禱所は鍵がかけられ、一般に公開されていない。鍵を開けて報告者を案内してくれたステーファノ(Stefano Zanolini)修道士は報告者の同年輩である。祈禱所には電気配線はなく、外から引いて床に置いた大型ライト設備一灯を移動して、壁面を照らしてくれた。かなり暗い中、スポットライトの照明で確認した限り、この15年で壁画が劣化したことを確認でき② 北イタリア(ミラノ、ヴェローナ周辺)の諸教会に残る15世紀壁画の調査[ミラノ調査]― 689 ―― 689 ―
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