鹿島美術研究 年報第41号別冊(2024)
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[ヴェローナおよび周辺の調査]た。突き出した右手にも劣化が見られたが、1988年時点の写真、2008年修復終了時の写真と今回手撮りした写真でも、やはり爪に人の顔が描かれているのを確認した〔図1、2〕。これは、レオナルドが手稿で想像力を保持する訓練として画家に勧めたこと、美術史では「チャンス・イメージ」として、また現代の心理学・神経科学では「パレイドリア現象」と呼ばれるものの表現であって、マセイスの聡明極まりないレオナルド趣味の深さの証左としてあらためて私論の有効性を確認した。特に、アルプス以北ではキリスト受難伝中の、キリストの「鞭打ち」や「嘲笑」の場面にグロテスクな容貌の人物が多く描かれる。キリストの背後から彼に触れようとする人物の右手の爪に描かれた顔もキリストを誹り嘲笑う意味合いを帯びていると考えている。同修道院訪問でもう一つ、これまでの研究者たち(上述のパオラ・ヴィッラを含む)は、祈禱所が別名「女たちの礼拝堂cappella delle Donne」と呼ばれたと記してきた。それが誤った情報であることを、案内してくれたステーファノ修道士から指摘された。かつて修道院の奥まで入ることを許されなかった女性巡礼者たちが祈禱をささげた「女たちの礼拝堂」は門の右側にあったが、後代の改築でなくなり、今は修道院が運営する農産物その他の製品工房に取り込まれているし、かつては門の同じ右側の奥には施療院もあったそうである。出版予定の精選論文集の第1巻第2部には、「導入」を含めヴェローナ美術に関する5章を予定している。新規に執筆した「導入」には、続く各章のメインテーマとなるヴェローナの画家一門バディーレ家を論述する上で15世紀初めのヴェローナ美術の概要を記すが、ミケリーノ・ダ・ベゾッツォ、ピサネッロおよびステーファノ・ディ・フランチャ(別名にステーファノ・ダ・ヴェローナ)の活動が中心となる。このために、10月20日から22日に、ヴェローナ市内の諸聖堂、サン・フェルモ・マッジョーレ聖堂、サン・アナスタージア聖堂、サン・テウフェミア聖堂、サン・ピエトロ・マルティレ聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ヴァッレ聖堂、サン・ゼーノ聖堂、および郊外エルベのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂、カステルヴェッキオ市立美術館を訪問した。特に再訪したいと考えていたジョヴァンニ・バディーレとその工房が1443~44年に制作したことが確かなグアンティエーレ礼拝堂の34場面からなる「聖ヒエロニムスの生涯」の大壁画と1999年に主祭室の壁面から発見された2壁画は、壁画のあるサンタ・マリア・デッラ・スカラ聖堂が完全に閉鎖されていて再訪できなかった。理由は2002~03年の報告者らによる足場を組んでの調査・写真撮影時に隣の司教館に居― 690 ―― 690 ―

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