鹿島美術研究 年報第42号別冊(2025)
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書と裁縫を繋ぐモチーフも見出されるが、ラ・トゥールの「黙読」や裁縫主題に直接の先行作例となる作品は、管見の限り見当たらない。3 .テクストの繋がり:作品とコンテクスト前述の問いへの第一の解決策は、当時の聖母崇敬に見出される。書物と共に描かれる聖母は、伝統的に旧約聖書外典『ソロモンの知恵』を持つ「知恵の聖母 Mater Sapientiae 」とされ、神に注がれた知恵によって聖書を完全に理解することができると見做された(注12)。それゆえ聖母は母アンナから何も学ぶ必要がないにも拘らず、「大いなる栄光をその母に帰すために、表面的には教えを請うことになったであろうし、教わっているように見えることを望まれた」とさえパチェーコは述べている(注13)。つまり聖母は、神学的には問い・聞き・答える必要が何もなかったため、というのが一つ目のあり得る解答だが、この伝承に依拠する方法では、裁縫主題でアンナが口を開けていることの説明がつかない。というのも、裁縫場面の根拠となっている『偽マタイ福音書』も、あるいはその普及に大きな影響力を持ったリバデネイラの『聖人伝』も、聖母の針仕事については祈り・読書と並ぶ神殿内の活動として語っており、アンナの存在はおろか他の生活者との会話も語られないからだ(注14)。より整合性のある第二の解決策は、画家周辺のカトリックの動静の内にある。すなわち、1598年の創立以来1640年までに全50、うち24の修道院をロレーヌ内に数え、女性教育の確立を掲げたノートルダム修道院の修道生活に照らして分析することで、両方の描写に一貫した解釈を導くことができる(注 15)。1649年出版の『ノートルダム修道会修道女の日課』〔図 18〕は、内部の生活とそのための規則を詳細に記述した小本であり、創立者フーリエの著作とされる(注16)。その中では、「完徳に進むための主要な方法の一つ」として霊的読書が奨励され、次節では「静寂は神聖な考えの母」であること、続いて裁縫に限定してはいないものの、霊的思索をしばし中断して手仕事をし、時に休憩が必要だと説かれている(注 17)。この記述は、とりわけ人物像の会話・発話表現に注目した際、驚くほどラ・トゥールの二主題の描写と相関する。換言すれば、霊的思索のためには静寂の中での読書、つまり黙読が求められ、それとは別に精神の休息としての手仕事においては束の間の休息が認められ、そこでは会話もまた許されるということになるであろう。この修道院と画家の関係については、前述の先行研究をはじめ多くの論考があるが、ここでは具体性を重視し画家の親族関係を見てみよう。ラ・トゥールの「良き宗教的助言者」とショネが称えた義兄フランソワ・ルネール(1586-1634)は、1623年― 60 ―― 60 ―

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