ボストン美術館 日本美術総合調査図録 図版篇
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 ボストン美術館に1月あまり通って、室町時代の水墨画を調査したのは1993年の冬から春へと移るころだった。ボストンへ飛ぶ前の数日は、カリフォルニアの真青な空のもとにいたのだが、天気予報も見ずに着いたニューヨークは記録的な大雪。予約していたボストンまでのプロペラ機は飛ばず、別の会社のジェット機に乗り換えるのに、JFKのターミナルを走り回り、どうにかホテルに入れたのは午前零時に近かった。翌日訪れた雪霽のボストン美術館は、雨漏りのため調査はできず、アン・モースさんから頂いた数日の休暇を楽しんだのを思い出す。 室町水墨画のコレクションは、数からいえば多くはない。図録に収録したのは79点。その特徴は「玄人向きのコレクション」といえばいいだろうか。ビッグネームの名品がある一方で、ここにしかない特徴ある作品、希少な逸伝画家の作品、また絵画史上の問題に関わる作品が多く含まれていて、このジャンルの研究者の興味を惹くものとなっている。 祥啓の16番「山水図」は、関東水墨画の雄の代表作のひとつで、墨のみで描かれた横物の山水は他にない。特徴は、余白で誤魔化す意識がまったくないことで、すべてがクリアーに描き出されている。恐らくは、京都の芸阿弥のもとで修行してからさほど経たない頃、独自の「夏珪様」を形成した時期のもので、このプロセスを感じられる唯一の作例といっていい。 文清の6番「山水図」は、近景と中・遠景を広い余白を挟んで水平に上下に積む構図の典型例として、蔵三の41番「瀟湘八景図屛風」は、八景がきれいに分節されて描かれる現存作例として貴重である。しかし2人の画家の実像は□に包まれており、前者は正木美術館蔵の一幅とともに数少ないこの画家の真筆、後者はこの画家の唯一の屛風絵となっている。これらは「逸伝画家の代表作」であり、かつ室町絵画史の上で重要な作品ということになる。 他にも、楊月の32番「枇杷に栗鼠図」は、印・画風とともに通行するものとは異なるが、精緻に描かれた優品であり、12番「牡丹に雀図」は、多様な画風をもつ「芸愛」印の作品群のなかで、水墨が基調の鳥と著色の花を組み合わせた竪幅の典型例、単庵の13番「鷺図」もすっきりとした表現の優品で、式部輝忠の山水の初期作(40番「山水図」)など含めて、特徴ある作品が□っている。 このような逸伝画家の作品の多くはアーネスト・フランシスコ・フェノロサのコレクションで、明治時代にあってここまでの目配りがきいていること、そのなかの優品が選ばれていることに感じ入る。これを端的に示すのが雪舟の弟子たちの作で、秋月・周耕・等禅・雲渓らに加えて、現在でも知られる作品が極めて少ない等芸(38番)や楊富(39番)の「山水図」までが含まれている。 付言すれば、明治期までは通行していた、雪舟や相阿弥などの典型的な贋作が含まれているのも勉強になった。そしてここでも、是庵(子建寿寅)のようなマイナーな画家の、14番「瓜に鈴虫図」という優品と、贋作ながらいくつもの極めが付属する15番「富士図」がセットで収められていたりする。次項で触れる作品と合わせて、さまざまな絵画史のドラマを実感することができた。 絵画史上の問題を含む重要な作品をいくつか上げ(一)(二)(三)島尾 新150ボストン美術館の水墨画

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